2018年08月17日

22)もう頑張れない?

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2017年9月19日
2年前の春、Mr.Childrenの「Reflection」というアルバムが出た。その中の「足音〜Be Strong」という曲の中に「どんな人にだって心折れそうな日はある 「もうダメだ」って思えてきても大丈夫 もっと強くなっていける」という歌詞がある。ミスチルには「だめだったらもう一回やってみよう」「目的地はもうすぐかも」「だめかもしんないけど進んでみよう」というような内容の応援歌が多い。「終わりなき旅」「蘇生」「ランニングハイ」「PADLE」「Any」等々。こういう歌はいいね。前向きに、元気にしてくれる。オラぁこういう歌に励まされながらずっと生きてきた。ドリカムの超メジャー曲「何度でも何度でも〜10000回だめでヘトヘトになっても10001回目は何か変わるかもしれない」も、イイ。そんな、背中を押してくれるような応援歌が大好きだった。

けれど、2年前の冬、仕事からの帰り道、クルマの中で「足音」を聴いていた時、ふと「もう頑張れないかもなぁ...」と思い、急に涙が出てきた事がある。ずっとは頑張れない事に気づいてしまった。若ければまだまだ頑張れるし、先の見えない未来があるかもしれないけれど、おぼろげながら先が見え始め、体力的にも限界を感じ、どうあがこうが齢には勝てない事実に気づてしまった。ずっと頑張っているスーパーマンもたまには居るけれど、オラぁスーパーマンじゃない。スーパーマンどころかパーマンにも到底及ばない。やまない雨は無いけれど、越えられない壁はあるよ、やっぱし...。

「もう頑張れない老い始めた自分」に気づいてしまった時、それはとても悲しく、とても淋しい。歳はとりたくない!
(続く)










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2018年08月11日

21)外出の話

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2017年9月15日
朝食後、食堂でストレッチをしている時、テレビが北朝鮮のミサイル発射を報じていた。北朝鮮のそれは、お馬鹿な暴走族が「オレはスゴいんだぞー!なめんなよー!」とバイクを吹かしながら走りまわっている様子と似ているなぁ、と思った。
この病院は東西南北とても見晴らしが良いので、もしかしたらそのミサイルが見えるのではないかと、口を開けて空を見上げていた馬鹿がここにいる。馬鹿が馬鹿を見ようとしていたわけです。そんなばかばかしい話でした。

次の月曜日は敬老の日で祝日らしい。そのため世間一般は明日の土曜日から3連休になる様子。オラぁずっと休みだから関係の無い話なのだが、そんな時、オラよりずっと年上の女性の看護師さんからオラの外泊(一時帰宅)の話が出た。連休中は医師も休みだし、治療もないし、故にこの際、自宅に戻ってみてはどうか?との事だった。しかし、外泊中は(感染しやすいので)必ずマスクを着用する事、人ごみを避ける事、食べ物の注意等々、あれこれ気をつけなくてはならない点も多々あるようだ。「注意しなくてはならない事」が多く「ならば、帰ってもなぁ、だったらここに居た方が楽かなぁ...」と、少々面倒さを感じ、外出するかどうかしばらく迷っていた。

看護師さんは「外泊するかしないかはあなたの自由だけれど、ここで我慢したからといって、次は安心して外泊できるというわけじゃないのよ。」と言った。しばらく話しているうちに、つまり、遠まわしに「ここで頑張って入院を続けても、完治して退院できるというわけじゃない事」をオラに理解させて「これから病気と上手く付き合いながら生きていく事の練習」をさせようとしているのではないかと思った。

この看護師さんは、その長年の経験から、きっと、何人もの亡くなっていった患者を見てきた事だろう。だから必然的に「病気と死」について目を背けず、真剣に向き合うようになったのではないかと思う(あくまでも勝手な想像だけど)。安易に微笑みながら「大丈夫ですよ〜」なんて事は決して言わない。オラはこの看護師さんの笑った顔を見た事がない。

9月16、17、18日
そんなこんなで、覚悟を決めて2泊3日の外泊をする事にした。外泊と言っても、自分の家に帰るだけ。「帰る」のに「外泊」なので訳がわからなくなる。

久し振りの我が家に戻り、ゆっくりとくつろぎ一日中のんびり過ごしていたいけれど、そうはいかない。2週間以上留守にしていたのでやらなくてはならない事がたまっている。お金の出し入れや、あれやこれやの書類を探したり書いたり。PCメールの処理(16日分だから凄い量のメール)、必要な物の買い出し、用足し等々。貧乏人は病気になっても相変わらず暇が無いのだ。

16日ぶりのおブウ(我が家ではお風呂の事をこう呼ぶ)は、さすがに気持ち良かった。病院ではシャワーだけだからね。それに病院シャワーは朝だけ。夜も浴びる事ができたら良いんだけどね。なんたってジジイは加齢臭で臭いから、朝シャワーだけだと夜はベトベトして臭いまま寝る事になるのだ。夜、おブウに入って朝は軽くシャワー、これがいいと思います。

で、あれこれ書類の確認をしていたら、県民共済の入院保障が4500円だった、ショック。古いタイプなので、現在の保証内容よりは安いと思っていたけれど、随分安いのね...。
それはともかく、自分のベッドはやっぱりいい!病院のベッドは堅い薄い狭い!

2泊3日の外出はあっという間に終わり、病院に戻って来ました。
やっぱり変だよ、病院に戻る、ではなく、病院に行く、でしょ。
背中を押してくれた看護師さん、ありがとうございました。
(続く)










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2018年08月04日

20)男って...

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2017年9月14日
抗がん剤の副作用真っ只中の時はそれだけでいっぱいいっぱいだけれど、それを過ぎると、ヒトはだんだんわがままになっていく。

オラの前方ベッドの男は「あ〜ぁ」とか「はぁ〜」とか「チッ!」とか「なんだこのメシは!」とか、独り言や文句がやたら多い。屁も良くこく。イビキもうるさい。一日中ため息や文句を聞いているととても嫌な気分になる。この男は周りに不快をバラ撒いている。

右隣の男も良く屁をこく。だが、屁はいい。許す。屁は仕方のない事だから。思いっきりこいていいよ。
この病院にずっと居て気づいたのだが、他人が屁をこいても自分が屁をこいても何故か臭わないのだ。誰かがでっかい屁をこく。「あ〜ずいぶんでっかいな、(臭いが)こっちに来るな、こりゃ。」と思いつつ構えていても、そいつはやって来ない。換気空調のせいなのかな?
先程「自分が屁をこいても臭わない」と書いてしまったが、もともと自分の屁はあまり臭いと思わないし若干の愛おしさもあるものだ。しかし、その臭いを他人が嗅ぐととても臭いらしい。なので、自分の屁が臭わないのは空調のせいなのか、違うのか、なにがなんだかわからなくなってしまったしどうでもいい話なので、これにて終了。

右斜め前方の男は、誰かからの電話をいつも待っているようで、折り畳みタイプの携帯電話をず〜っとパカパカしている。そのパカパカ音が病室に響いて結構うるさい。待っても待っても電話はかかってこない。故にパカパカ音はずっと続く。待ちきれずに自分から電話をかける。しかし、(身内であろう)先方はあまり話したくない様子で、すぐに切られてしまう。で、またパカパカが始まる。暫くしてまた電話をかけるがすぐに会話は終了する。そして、寝るまでパカパカは続くのだった。
なぜ「先方はあまり話したがらない様子」だとわかるのか?それは電話(受話)の音が大きく、先方の声までしっかりとこちらに聞こえてしまうからでした。また、「先方」がどのような立場の方かも把握しているのですが、あれこれ考慮した結果、やはり「先方」という表現方法で書かせて頂きました。(とても「妻」とは書けない)

男子トイレはいつも床が濡れている。便器も濡れている。オラはトイレに入る度に備え付けのスプレー消毒液とトイレットペーパーで便器を掃除し、石鹸で手を洗ってから座りシッコをする。トイレに入る度に行うので結構面倒くさいし時間もかかるのだ。男よ、立ちシッコは床や便器を汚すし、自分のズボンにも結構シズクが飛んでいるぞ。座った方がいいんじゃないかなぁ。

副作用から復活したと思ったら、すぐにあれこれ文句が始まった。そんなもんだよオラなんて。
(続く)











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2018年08月03日

19)復活!

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2017年9月13日
やっと抗がん剤の副作用から復活したカンジ。
食欲あり、頭痛なし、吐き気なし、ムカムカなし、しゃっくりなし。
ただ少し、体のあちこちが痛い。ここ数日間、殆どベッドの上だったし、それに、この痛さは年齢のせいもあるかと思う。

元気になってくると、あれやらこれやらの不安も戻ってくる。「さーて、これからどうすんべ...。」って考えてしまう。こんな事で悩んでいる58歳ってあまり居ないだろうな、同年代のみんなはもうそろそろ退職金を貰って第二の人生の始まりだからね。こういう不安、公務員や会社員には理解できないだろうなぁ、まるで違う世界だからね。
しかしま、レールから降りたのはオラだし、オラ一人で決めた事だから、責任はすべてオラにある。。。のかな?...ってトコも少なからずあるんだけど、ま、そこらへんのところは、今日は横に置いとくべ。

例のアセモ(12原因不明のアセモ)は相変わらず真っ赤っかの酷いまま。部分的にはピークを過ぎたのか、黒ずんでいる所もある。その件で皮膚科の先生が病室に来た。この先生は他の病院から週に何回かこの病院に来ているようだ。「いつからこうなったのか」とか「痒みはあるのか」とか、そういった事は何も聞かれず、ただ皮膚のカサブタを少し取って帰って行った。それだけ。「元々、毎年アセモがすごいのですが、ここまで酷くなった事はなく...」なんて事を話そうとしたのだが、オラの話なんて聞こうとしない。何だかなあ、かなり期待外れの先生でした。でも、採取していった皮膚のカサブタでアセモの原因が解明されたらいいね。

それから数日後、やっとアセモも峠を越え、赤い部分は殆ど乾燥し始めて、黒くなり始めていた。オラの体はダルメシアン犬のようなブチ模様で覆われてしまった。例の先生にまた診てもらった(診てもらったといっても、ちょろっと見ただけ。)ところ、「もう治りかけているので大丈夫でしょう。」だって。それだけ?たったそれだけ?持ち帰ったカサブタの検査結果は?アセモの原因は? ま、いいか.....。
(続く)
































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2018年08月02日

18)復活の兆し

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2017年9月12日
この3、4日間、吐き気・ムカつきによる食欲不振、それから便秘、少々の頭痛、声がれ、しゃっくり等々の不調三昧だった。それにより睡眠も不規則になり、夜中眠れずにラジオを聴いてみたり、まだ暗い中カーテンを開けて外を見ると朝焼けがきれいなので写真を撮ってみたりして眠れない夜を過ごした。

そして、びっくりするくらい薬の量が増えた。今まで薬といえば、飲み過ぎ食べ過ぎの胃腸薬と育毛剤のリアップ(医薬品)くらいしか縁がなかったのに、ここで一気に増えた。
因みに医薬部外品の育毛剤は25歳の時から多種多様あれこれ使用してきたが、効果はあったんだかなかったんだか、わっかんねぇなぁ...。

「吐き気で食べられない」ならば食事の前に吐き気止めの薬を飲む。「ウンコが出ない」ならば下剤(非刺激性のものと刺激性のもの)や座薬を使う。「頭痛」ならば鎮痛剤ロキソニンを飲む。「しゃっくり」が出たならばしゃっくり止めの薬を飲む。それにビタミン剤と(オラは骨にがんが転移しているので)骨を強くする薬を飲む。毎日毎日飲む薬がどんどん増えていく。こんなに沢山の薬を飲んで大丈夫なんだろうかと心配したけれど、それ以前に強力な薬(抗がん剤)が体に入ってんだから、このくらい大した事じゃない。のかぁ?

もともと78kg位あった体重は71kgを切った。今日はだいぶ食欲が戻ったので、食い意地の張ったオラの事だ、またすぐに元に戻る事でしょう。早速、病院の売店にパンを買いに行った。しばらく食べられなかった事への反動からか、メンチカツサンドやハンバーガー等の「こってり系」ばかりに食指が動いた。

各種不調が消えた今、つまり「普通」の状態。「普通」とはこんなにも気持ちの良いものなのか。楽しさや明るささえまでも感じる。ただ普通の状態に戻っただけなのに幸せを感じる。普通でいると普通でいられる事のありがたさを忘れてしまう。普通は凄くイイ!普通でいられる事に感謝の気持ちをを忘れないでね。

しかし、次回、抗がん剤を打った時、またあのような副作用がやってくるのかぁ、と思うと、とても落ち込む。それは何度も何度も定期的にやって来るのだ。副作用が来るとわかっていながらその原因である抗がん剤治療をしなくてはならないのだ。これはいつまで続くんだろか、ずっと続くんだべか、一生続くのかなぁ...。
でもまぁ、(オラの場合は)食欲が無くなった時には梨、コカ・コーラ、そしてブリトーがあればなんとかなる、とわかっただけでもまぁいいか。受け入れるしかないんだからね。
でも、秋が過ぎ、梨の季節が終わったらどうしよう。みかんじゃないし、リンゴでもない。やっぱり梨なんだよなぁ。ま、時間はまだある、それまでにゆっくり考えてみっかね。
(続く)

















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